最高裁判所第二小法廷 平成9年(オ)374号 判決 1997年4月25日
東京都豊島区南大塚二丁目一〇番二号
上告人
日本ランウェル株式会社
右代表者代表取締役
山川弘
右訴訟代理人弁護士
藤井繁
中元紘一郎
今津幸子
名古屋市中区栄五丁目八番二八号
被上告人
株式会社フタバ化学
右代表者代表取締役
志水徹男
右訴訟代理人弁護士
後藤昌弘
右当事者間の名古屋高等裁判所平成八年(ネ)第八一号、第一〇四号販売差止等請求事件について、同裁判所が平成八年一〇月二九日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人藤井繁、同中元紘一郎、同今津幸子の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすきず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)
(平成九年(オ)第三七四号 上告人 日本ランウェル株式会社)
上告代理人藤井繁、同中元紘一郎、同今津幸子の上告理由
第一 原判決には不正競争防止法第七条の解釈を誤った違法がある。
原判決は、上告人ら製品が被上告人が営業上の信用を害したこと、及び不正競争防止法の改正前は一定の行為についてのみ信用回復措置を認め、他は金銭による損害賠償のみとしていたのが、改正後は同法第七条により同法のすべての類型を対象として謝罪広告を認め、被害者の救済の充実を図ることとしたという同法の改正に至った趣旨をもって、謝罪広告を命じている。
確かに、原判決のいうように同法の改正によって謝罪広告が認められる同法違反の行為対象は広がったといえるが、そのことによって、直ちに、同法違反の行為を行い被害者の営業上の信用を害したといえる場合に同法第七条による謝罪広告を必ず命じなければならないということを同法第七条が意味するようになったものではない。
本来、謝罪広告は民法上の大原則である金銭賠償の原則に対する補充的な手段としての原状回復措置であるから、金銭による賠償をもってしても被害者の信用が回復されない場合に限って行われるべき性質のものである上、謝罪広告は必然的に加害者の信用を害し、一種の制裁的効果を伴うものであり、加害者に与える名誉上及び営業上の損害は計り知れず、一企業に対して死を宣告することにもなりかねない。
従って、不正競争防止法第七条が改正によってを認める同法違反の行為対象を広げたからといって右に述べた謝罪広告の補充性及び制裁的効果が失われるものではなく、謝罪広告を命じるにあたっては、右に述べた謝罪広告の性質を踏まえて、信用回復手段として謝罪広告を行う必要性が本当にあるか否かを厳格に判断した上で決定すべきである。下級審判例においても、信用毀損を認めつつ謝罪広告の必要性に乏しいと判断して、損害賠償のみを認め謝罪広告を命じなかったものもある(大阪地判昭和四〇年六月八日判時四五九号六九頁、東京地判昭和三七年一一月一日判タ一四〇号一六三頁)。
それにもかかわらず、原判決は、冒頭に述べた理由だけで直ちに不正競争防止法第七条を適用して上告人に対し謝罪広告を論じており、謝罪広告の必要性の判断を看過して同条を適用した点において、同条の解釈を誤った違法がある。
第二 原判決には、不正競争防止法第七条の適用につき審理不尽又は理由不備の違法がある。
原判決においては、なぜ本件において謝罪広告が必要とされるのか、その理由については何ら明らかにされておらず、またその審理が原審において十分になされたとはいい難い。
すなわち、原判決は、「不正競争により営業上の信用が害され、損害賠償の支払のみでは償うことができないときは、被控訴人の信用を回復するためには、控訴人らに対して、謝罪広告を命ずる必要がある」と判示しているが、このことから、原判決においても、謝罪広告を認めるためには、損害賠償の支払のみでは償えない営業上の信用の損害が現在も存在することをその要件とすべきと考えていることは明らかである。不正競争防止法違反により被害者の営業上の信用が毀損されても、現在においてその信用が回復され、実害が残っていない場合には、過去において信用が失われていたことによる損害に対し金銭賠償を求めれば足り、将来にわたって信用を回復する手段として謝罪広告を求める利益はないと考えられるからである(前掲の下級審判例は二件とも同様の理由で信用毀損を認めつつ謝罪広告の必要性はないと判断した。)。
そして、そのような営業上の信用の損害の有無を判断する時点、すなわち右にいう「現在」とは、民事訴訟法の原則に従い、判決の既判力の基準時である事実審の口頭弁論終結時、すなわち原審の口頭弁論終結時とすべきである。
本件においては、第一審は上告人に対し、六三一万円余りの損害賠償支払の判決を下し、原判決においても同様の判断を下しているが、原判決は、被上告人の営業上の信用の損害がこの損害賠償だけでは回復されないことにつき何ら理由を示していない。
加えて、原判決が引用する第一審判決が認定した事実によると、平成二年における被上告人製品の年間販売数量は約一二〇万本であり、平成三年にはますます売上を伸ばして同種製品中全国第三位の約一〇パーセントのシエアを占めるまで至っていたのに対し、上告人が上告人ら製品を販売していたのは平成四年四月ころから同年一二月までというわずかな期間であり、その販売数も一一万四〇〇〇個余りと平成二年の被上告人製品の販売数量の一〇分の一にも満たず、しかも上告人は同年一二月には自発的に右製品の販売を中止し、翌平成五年一月からは容器の外観が全く別の製品を販売しているのである。このことからすれば、被上告人は平成五年以降も順調に被上告人製品の売上を伸ばしたであろうことは容易に推測できる上、上告人が上告人ら製品の製造を中止してからすでに四年近くが経過し、上告人ら製品の販売の事実がすでに過去のものとなった原審の口頭弁論終結時においては、被上告人の営業上の信用の損害は回復されていたものと推測できるのである。しかし、原審は、平成五年以降の被上告人製品の売上の推移等被上告人の営業上の信用の損害の回復の具体的事実につき何ら審理を行っていない。
従って、原判決は不正競争防止法第七条の適用につき審理不尽又は理由不備の違法を免れ得ない。
以上